敦亀通信

石道の観音さん

更新日:2020/01/09

令和2年1月4日、

滋賀 湖北方面を目指した。己高山のふもとにある温浴施設、己高庵の駐車場で下車、今日はこの付近を散策するつもりである。昨年のお正月には己高山へ登った。頂上まで行くことなく下山し鶏足寺跡の広場にある休憩場所で昼食をとった。その日は雪が10cm位積もっていて、あたり一面が水墨画のような白と黒だけの世界であった。道路わきにゆずの木が一本あり、そこだけ鮮やかな黄色が目に鮮やかであった。今年は雪も無く、ゆずの木にも実がならなかったのだろうか、ゆずが見えない。11月には紅葉で真っ赤に色づく鶏足寺の参道は冬枯れの中にあって長い歴史とたたずまいを感じさせてくれた。近くの石道寺へ立ち寄り初詣のお参りをした。今日は別棟にある寺務所も閉まっている。観音様が安置されている本堂の扉も固く閉じられている。本堂の前で無事であることの御礼をさせて頂いた。ところで石道寺の観音様は美人であるとして有名である。美人といえばミスユニバースで選ばれる鼻が高く彫りの深い現代風の面影が心に浮かぶ。しかし石道寺の観音様は違うのである。古来、美人の観音様といえば近くの渡岸寺にいらっしゃる十一面観音様が有名である。こちらの観音様は国宝にも指定されており十頭身とも見えるほど丈も高くすらりとした美人である。大陸から渡来した仏師が彫ったものと推定される上品なお顔立ちのまことに麗しい観音様である。これに対し石道寺の十一面観音様は滋賀県の重要文化財に指定されているが美人というお顔立ちというより何処にでも見られる愛らしい大和なでしこであろうか。井上靖が名著「星と祭り」で石道寺の観音様を描写しているのでご紹介しよう。

、、「きれいな観音様ですね」架山は言った。思わず口から出た言葉だった。美人だと思った。観音様というより、美人が一人立っている。、、

、、、、この観音様は、村の娘さんの姿をお借りになっていらっしゃるのではないか。素朴で優しくて、惚れ惚れするような魅力をお持ちになっていらっしゃる。野の匂いがぷんぷんするような笑いを含んでいるようにも見える口もとから、しもぶくれ頬のあたりへかけては殊に美しい。ここでは頭に戴いている十一の仏面も王冠といったいかめしいものではなく、まるで大きな花輪でも戴いているように見える。腕輪も、胸飾りも、ふんわりとまとっている天衣も、なんとよく映っていることか。それでいて観音様としての尊厳さはいささかも失っていない。しかし近寄り難い尊厳さではない何でも相談にのって下さる大きくて優しい気持ちを持っていらっしゃる。、、、、その顔にも、姿態にもしめしていらっしゃる。、、、

「星と祭り」は琵琶湖で死んだ男女(高校生)双方の父親が湖北の観音様を訪ね歩くというストーリが描かれている。ノーベル文学賞の候補にも挙げられた井上靖 先生の作である。以前、この本を読んだことがある。最後まで読んでいないのでもう一度読みたいと思う。

湖北は観音の里といわれるほどあちらこちらに由緒ある観音様が残っている。休日には多くの観音霊場、そして琵琶湖や余呉湖の風景、賤ヶ岳古戦場などを求めて京阪神から多くの観光客で賑わう。今はお正月でありシーズンオフのため誰もいない。静寂と冬枯れが心を癒してくれた。