敦亀通信
今では到底できない
更新日:2021/06/09
山にはいろんな思い出がある。古い記憶のページをたどってみよう。いくつの時だったか思い出せないが、私はA山岳会の会員であり数人のグループで荒島岳に登っていた。季節は厳冬期であり頂上との中間点、シャクナゲ平を超すと全くの銀世界で積雪は2~3mはあったようだ。当日の天気は晴れてはいないものの曇りで比較的穏やかであった。当日の装備は冬山装備で手にはピッケル足元は深雪用ワカンを装着していた。シャクナゲ平,餅ケ壁を超すと樹木はすべて雪の下であり真っ白の銀世界である。我々の後ろ、100メートルぐらいに二人の女性登山者がついてきている。年代は30~40才代であろうか、二人とも赤と黄色の上下ウエアが白い雪を背景に色鮮やかであった。我々がラッセルしたトレースをしっかりした足取りでついてきているようだ。やがて頂上に着いた。荒島岳は標高が1540m、独立峰で頂上の風速はかなり強い、体感温度もそれにつれて寒く感じられ、じっとしていると凍傷になる恐れもある。食事をとるため風を避けられる場所を選びタープを張った。これで北からの風を遮ぎれゆっくり食事をとることができた。後からついてきた女性たちにもスペースを分けてやり、彼女たちから大変感謝された。聞くところによると市内の山岳会K会の会員である。「旅は道連れ世は情け」男ばかりのグループに紅2点が加わり大いに盛り上がったのを覚えている。やがて下山の時刻となり下山を開始した。K会の女性も来た時と同様、100mほどの距離を保って降りてくる。荒島岳は稜線から頂上まで40~50mほどの上り下り斜面がいくつもある。夏場にはこの斜面が苦しい登りで疲れた体をさらに鞭打つのであるが、下りは快適な稜線となる。冬山では、なだらかな斜面が快適な尻セードを楽しめる絶好の場所となる。冬山用ウエアは防水力があり雪面にパンツを履いたまま雪面に腰を下ろしお尻を滑らしながら降りてゆくことを尻セードと呼んでいる。これはスキーヤーがゲレンデで快適に滑ることを楽しむと同様、雪山登山ならでの爽快感を味わえる。我々は時間を忘れ尻セードを楽しみながら下山した。後ろは見なかったが女性たちも尻セードを楽しんでいるのであろうか、楽しい笑い声が聞こえている。いくつかの斜面を越えた頃、私のワカンバンドが靴から外れそうになった。このままではワカンが外れてしまう、仲間に先に行ってくれと云い、立ち止まってゆっくりワカンバンドを締め直した。ようやくバンドを締め直し前を見ると仲間も女性たちも見えない。わずか数分であったが大分先に行ってしまったのだろうと思いながら下山していった。しばらく降りたところで女性が雪の中に一人立っている。見ると先ほどの女性の一人である。「どうしたの、、?」と声をかけると連れが谷へ落ちたの、、、と泣きべそをかきながら言う。聞けば、尻セードで曲がらなければいけない登山道をそのまま直進し違う方向へ滑っていったようだ。下を見ると数十メートル先に女性が手を振っている。どうやら自分では上がってこれないらしい。なんとか助けようと「あんたはここで待ってて」といって救助に向かった。といっても私も素人に毛が生えたような登山者である。しかしそんなことを云っては折れない状況である。直接下へ降りることは危険なので斜面をトラバースしながら降りてゆく。戻ってくる時のことを考え、帰りの道も確保しながら慎重に下りて行った。ようやく女性がいる場所に到達した。女性にピッケルを渡し自分はストックをもち後についてくるよう指示した。数分かかったが無事元の場所に戻ることができた。もう大丈夫だろう。その後も、絶好の尻セードポジションがいくつかあった。私は一つ一つ楽しんだが女性たちは恐怖心を忘れられないのだろう、斜面に立つと腰が引けてしまい二度と尻セードはしなかった。やがて登山口のGヒュッテに着いた。これでもう大丈夫、女性たちは私に感謝の言葉をいいながらお別れしたのである。ヒュッテでは仲間が待っていた。私は一部始終、訳を話しみんなを待たせたことを詫びたのである。「コーヒーでも飲もう」ということでみんなでコーヒーを注文した。冷えた体に美味しく温かいコーヒーは格別であった。「さあ帰ろう」ということでお金を払おうとしたらヒュッテの主人が「お金はもらってあります」という。「どうして、、、」ときくと「先ほど帰られた二人組の女性が支払っていかれました」とのことであった。そこで私はみんなに遅れてしまったことのお詫びモードから「みんな俺にコーヒー代よこせー」と豹変した。高貴な「美談モード」から、いつもの「顰蹙モード」に戻ったのである。